削ぎ落とされたストローク|山口歴
先日、箱根のポーラ美術館を訪れた。
光が降り注ぐ気持ちの良いエントランス。
エスカレーターを下り、振り返ると空気が一変する。
NYを拠点に活動する現代アーティスト、山口歴(めぐる)さんの作品だ。
力強いストロークは描き手の身のこなしを想像させ、迷いの無い筆跡からは創造に対する喜びのような感情を受け取った。
そんなタイミングで、同氏による音声コンテンツを視聴した。
聞き手は現代美術家のやんツーさん。
作家のルーツや、インスピレーションに迫る興味深い内容だった。
今度作品と対峙する際の備忘録として簡単にその中身に触れたい。
「筆跡」へのこだわり
山口歴さんは、学生時代からオイルペイントを手がけていたという。
彼のinstagramには17歳のポートレートが掲載されている。音声コンテンツでは「ゴッホに影響を受けていた」と語っている。
その後、彼が渡米した際に訪れたグッゲンハイム美術館で目にしたのが、白髪一雄の作品だ。
白髪一雄は戦後日本の前衛芸術を牽引した一人で、ロープにぶら下がった状態で足を用いたペインティングを行う。足の筋力は一般的に手の6~8倍と言われており、この技法がダイナミックでエネルギッシュなストロークを生み出す。
ちなみに、今回ポーラ美術館で行われている企画展でも白髪一雄の作品が展示されている。
作品名は「業火」。真っ赤な絵具がキャンバスの上を力強くほとばしり、妖気のような何かを放っている。両者の作品が同じ企画展で鑑賞できるとは。キュレーターの粋な計らいなのだろうか。運命的なものを感じる。
NY生活で磨かれたミニマルな感性と空間性
山口歴さんは現在の作風について語った。今のスタイルは「四角いキャンバスからストロークが飛び出した」ことがきっかけだという。その後、このストロークの美しさを追及する過程でキャンバスは取り払われ、最後に残ったのがこのストロークのだった。「究極のシンプル」と言える現在のスタイルにたどり着いたのだ。
こうした過程には、彼のNYでの暮らしが大きく影響している。
マンハッタンを北上すると、ミニマル&コンセプチュアルアートを扱う美術館「ディア・ビーコン」がある。彼はここで、戦後アメリカの抽象絵画を代表するフランク・ステラの作品に出会う。ステラはシェイプト・キャンバス(変形されたキャンバス)の端緒であるとも言われてる。
また、同氏は抽象的な削ぎ落とされた彫刻で知られるリチャード・セラのスタイルにもインスピレーションを受けたという。
「でかい空間に削ぎ落とされたカリッカリの何かがある」
今回山口歴さんの作品が展示されているポーラ美術館の展示においても、ドナルド・ジャッドやダン・フレヴィン等のミニマル・アートを代表する作品が展示されている。極限まで削ぎ落とされた作品は、いずれも空間との関係性を考えさせるものだった。
冒頭で触れた通り、山口歴さんの作品もまた美術館という「空間」との関係性を感じさせるものだった。吹き抜けから落ちる柔らかい光。遠くに抜ける箱根の自然。そこに存在する力強い作品。多くの作品を鑑賞する前に「人が為せる技」に対するワクワクするような期待感を得た。
やんツーさんによると、アメリカのアートはスケール感が桁違いなのだという。ミュージアムの広大な敷地、高い天井、アートに対する人々の意識…こうした物理的な「違い」が、同氏の作品をアメリカン・アートにしているのでは?と言及している。またアメリカの展覧会を回った体験を元にした一言は言い得て妙だった。
でかい空間に削ぎ落とされたカリッカリの何かがある
時としてアート作品は信仰や畏怖の対象が持つような「気配」を醸し出すことがある。
これは作品が空間をオウンしているような状態とも言える。
展示室に数々の有名作品が並ぶ中、彼の作品がこうしてエントランスの開かれた空間に展示されていることは必然だったのかもしれない。
「作品の進化は空手の型を生むことに似ている」
山口歴さんは、今後の展望について質問されると、オイルペイティングや具象絵画への興味について言及した。また「バリエーションを増やしていくのが楽しい」とも語り、作品の進化にも意欲をみせた。
新たな作品を生み出すのは、空手の新しい型を生み出すのに似ていいる
1つの「型」に変化を与え新しくしていく点や、身体性に共通点があるという。
山口歴さんはこの春、帰国の計画があるようで、ミュージアムでの展覧会やイベントなどを控えている。詳しくは本編を視聴されたい。
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